子供のころから他人の事が気になる。
言動であったり反応など。
何かを話すときは、
常に仕草や表情を読んでしまう。
そして表情が変わったときには、
何か気に障ったんだろうかと、
他人の分からない思考を常に考える。
そして堂々巡りが始まってしまう。
一度始まってしまうと、
自分でも止められない。
他人の考えなので、
どんなに考えても分からない。
それは自分でも十分わかっている。
それでもやめらない。
妻や知人からは
気にしすぎ!
とか
考えすぎ!
といつも言われるが、
子供のころからの癖(思考)なので、
なかなか直らない。
でも、このままだと生きづらいので、
何とか変えていこうと努力している。
他人の事を気にしなくなると楽だった!
子供のころから人の目を
気にすることが多かった。
自分で気が付いたのは、
小学校の高学年のころ。
まあ、それより以前のことは、
正直覚えてないので、
それよりも前からかもしれない。
人と話していると言動が気になる。
こんな事を言うとどんな反応するかな?
と思いながら話す。
そして良い反応の時は楽しく話せる。
でも、表情が少し変わったり、
普段と違う仕草をされると、
非常に気になる。
何か気に障ること言ったかな?
と自分の話した内容を振り返る。
そして何も思い当たらない事の方が多い。
で、
堂々巡りが始まってしまう。
堂々巡りになるのは、
他人の思考は分からないから。
これは自分でも重々承知している。
でも、考えずにはいられない。
一度、妻にこのことを話すと、
それは考えすぎ。
もしかしたらその人は、
何か違う事を思い出して、
表情が曇ったりした可能性もある!
と。
何もその時に言った
言葉だけじゃない可能性だってある!
その人の思考はその人しか分からないので、
考えるだけ時間の無駄!
とも言われた。
妻のいうことはもっとも。
自分でも分かっている。
でも、この思考の癖は治らない。
この他にも他人の目も気になる。
こっちを見て笑ったりされるとなおさら。
すぐに自分のかっこうを確認してしまう。
もしかしたら、
その人は隣の人と話してて、
笑ったタイミングで、
たまたま視線があっただけかもしれない。
多分、そうなんだろうけど、
それでも気になってしまう。
でも、このままだと、
ずっと生きづらさを感じてしまう。
そこで、思考の癖を変えようとしている。
まず、考え方を変える事にしてみた。
そして他人にどう思われようと、
死ぬわけじゃない!
笑われても
死なない!
と思うようにした。
でも、長年しみついた思考は
そんなに簡単には変わらない。
それでもこれを続けていくと、
ちょっとずつ変化がでてきた。
今までは他人の表情だったり、
仕草が気になっていたが、
今ではそんなに気にならなくなってきた。
それでも、たまに気になり、
堂々巡りをやってしまう事もある。
そうした場合は、
堂々巡りを無理に止めるのではなく、
気が済むまでやらせることにした。
すると、ある段階にいくと、
止める事ができるようになり、
それ以上は気にする事もなくなってきた。
無理にやめようとするから、
ダメだったような気がする。
逆に気が済むまでやらせると、
気になることを全て考えるので、
それが良いのかもしれない。
なにはともあれ、
他人の事を気にしなくなると、
楽になるという事が分かった。
もしかしたら生きづらい世界は、
自分で作っていたのかもしれないね。